人は考えてなんぼ、なんだな、きっと。

人は考えてなんぼ、なんだな、きっと。

考える男性先日、10年以上前に一緒に働いていた同僚たちと飲む機会がありました。

当時は大手広告代理店の仕事を受けていましたので、全員徹夜や休日出勤の常連で、連日の激務を共に耐え抜いた仲間です。当時20代だった面々も今や40前後ですし、仕事をくれていたAD(僕にデザインを教えてくれた師匠になりますね)は50代後半になります。

あまり師匠は覚えていないようでしたが、当時僕はハチャメチャに怒られていましたw 数え切れないほど「デザイナー辞めちまえ!」と言われた覚えがあります。その度に「諦めつくまで、もう少しやらせてください!」って言いながら、この仕事を続けて十数年。まだ諦めつかねぇとか笑えるわw

デザインの教育、昔の教え方

そんな話をしていたら、師匠が思い出してきたみたいで、こんなことを言っていました。「当時はあえて一言の指示しかしなかった。お前たちは、わからないことがあるとすぐに聞いてくる。その度に、考えるよう、察するよう、無愛想で乱暴な一言の指示しかしなかった。」と。それが師匠なりの教育・愛情だったんですね。

改めて聞くと、ですよねって感じでした。当時から、バカだ、辞めろだ言われていてもムカついたり、恨んだりはなかったから、乱暴な言葉の裏をなんとなく感じていたのだと思います。

今、自分が教える立場になって考えると、随分と迷惑かけたなー、と。なんて面倒見がいいんだろー、と思わされます。答えを与えてしまえば短時間で済むものを、わざわざ考えさせて、倍以上の時間がかかるんですから。しかも、仕事としてです。お金を払うのは代理店の師匠の方なのにです。今の自分は、まだそこまでの余裕はないです。

でも、そうやって考えさせてもらえたおかげで、今もデザイナーできている自覚もあります。ありがたいです。であれば、僕も僕の下に同じようにしてあげなきゃなのです。

時代の流れ、今のデザインの教え方

ですが、時代もあって今の20代とかに同様の扱いをしたら、会社から厳重注意されてしまうらしいです。若い連中が潰れてしまうから。

どーなんでしょうね。確かに悲しい事件もありましたし、厳しくするのが正解でもないのだと思います。でも、その厳しさに耐えたから、今も頑張れているのも事実です。人によって考え方は様々なので、絶対的な正解はないと思います。

ただ、僕が思うに、やはり自分で考えたことは確実にものになる、と思います。自分をかえりみても、下の子らを見ていても思いますが、教えられたことは大抵すぐに忘れてます。ヒントだけあげて、考えさせたことはしっかりと頭に残っています。このことは、時代の流れに関係なく共通なんじゃないかと思います。

なので、これからも考える機会はしっかりと拾っていける人間であろうと思います。

日々精進。

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